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東京の三毛猫です。街と自分と、色々考え中。
 必要なモノとお気楽極楽
2010年10月05日 (火) | 編集 |


たとえばね、食べ物関連をちゃんとやろうとおもったら、「栄養士」「調理師」別になくても出来るけど、人に教えたり、多数の人に商売として食べさせるなら、衛生管理を含めて、統計だった知識と最低限の蓄積が必要だろうな。


学校の先生なら「教員免許」これも、それだけじゃ「良い先生」にはなり得ないけど、資格がなきゃ「大学」を除く学校では教えられない。
大学の先生は、大学院卒業とか論文とか出版とか知名度とか、色々審査基準が「あって」「なくて」こりゃ大変だ。

趣味程度の積み重ねじゃ、出来る事と出来ない事があるのは当たり前で、それでもやれるとすると、ある種の「カリスマ性」って事になりそうだ。

「なりたい自分になる」のは楽じゃないし、他力本願はあり得ないし。


職業選択の自由。
雑用を押しつけられて喜んでいるのは何故?
まあ、そういう仕事をやらねばならない事も事実で、でもなあ、それは時間と共に次の人へ引き継ぐ、というか、それしかできない人の仕事を奪ってはいけない訳で、その辺に専門性を見いだせるのは、「映画の助監督」「テレビのデスク」なんて職業だろう。
トップのカリスマがバランスの悪い人格である事が前提なら、それを補完するのはプロの仕事であったりする。


根拠のない「褒め言葉」は、主に「自分より下」に位置するモノに、自己満足として投げかけられる。理由は大雑把にわけて三つ。「これ以上迷惑を掛けられたくない」「褒め殺し」「褒めりゃどうにもならないモノでもいくらかましになるだろう」

どれも、相手の本質に迫る事ではない。
その方が楽だから「褒める」


さて今週末から「学校の先生」再開。

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