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東京の三毛猫です。街と自分と、色々考え中。
 「ふと、まかりいで」
2008年10月31日 (金) | 編集 |
20081031053215
嚔で目が覚めた朝。
一番最初に耳に入ってきたニュース。
http://www.nhk.or.jp/kyoto/lnews/03.html

江戸時代も若者は家出した・・・・住民の移動が厳しく制限されていたと思われがちな江戸時代でも、実際には多くの若者が「家出」をして他の都市に移り住んでいた。
そんな研究を京都府立大学辺りがやっている。
特に不法残留で罰せられた気配はない。
此処がポイント。

出展は江戸時代中期京都町奉行所「諸事日記」。
京都府立大学と京都府立総合資料館の研究グループが研究。
この文献自体は「町代」(地域管理の役人)が作成、内容はその地域の住民が届け出た日々のトラブルの記録らしい。
この中に散見されるモノ・・・「ふと、まかりいで」
突然、家を出てしまった若者の数、1か月あたり30件以上も出てくる。
出戻りも可で、その連中の話では「家出人」は江戸や大坂などに移り住み奉公人として働いていたりた衝撃の事実が判明したらしい。
厳しい身分制度のもと、移動の自由が制限されていたというのが江戸時代の基礎知識みたいな感じで、「家出」が日常的に起きていたことがわかる資料は珍しい。
そして此処がポイント。
「家出を奉行所がとがめた様子はみられない」
京都府立大学・水本邦彦教授曰く。
「厳格な身分制度によって管理する一方で、こうした家出が容認されていたことが、結果的に江戸時代の社会に安定と活力を生み出していたのではないか」

つまりゆるゆると厳格の使い分けかね。

へええ、京都というお土地柄なのか、よく解らないが、結構面白い。
時代劇にちょろちょろ出てくる「田舎からトンずらして江戸に出てくる」若者達は絵空事ではなかったというわけで・・・。

「ふとまかりいで」気分漫々。

それにしても、昨日も空は秋晴れで、多分江戸時代も現代も人間の脳味噌なんてそう変わっていない。

勿論「家出」もいいが、「隠居」はもっと素敵。

数日前に手に入れた「ユリイカ10月特別号・・杉浦日向子特集」を今日こそ完読しようと思っております。

杉浦御大曰く。
「隠居になる」とは「手ぶらの人になること」と思う。
「手ぶら」は持たない、抱えない、背負わないだが、
ポケットに小銭はじゃらじゃら入っているし、煩悩なら鐘を割る程胸にある。
だから、抹香臭い「無一文」やら「清貧」とは、まるで違う。
世俗の空気を離れず、「濁貧」に遊ぶのが隠居の余生だ。
(「呑々草子」)