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東京の三毛猫です。街と自分と、色々考え中。
 クレムリンエッグを見たかった訳
2007年06月05日 (火) | 編集 |
これ、有名なんである。

宝石職人カルル・ファベルジェの傑作の一つ。

というより、彼がプロデュースをつとめた、画家、エマイユ職人、宝石細工師、金細工師あらゆる名人の仕事の集大成。

ウスペンスキー大聖堂に似せた卵装飾は、白の透明なエマイユで覆われ、研磨した金の円屋根を光らせている。

赤金製台は、クレムリンの塔。

塔壁には透かし編みの格子がはめられ、壁上にはエマイユの技術でロシア帝国とモスクワの紋章が描かれている。

20世紀初頭国民的ロマン主義的スタイル。

実物は凄い。

1903年復活祭にロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世と皇后アレクサンドラ・フョードロヴナがモスクワを訪問したことを記念して制作された。

この人、どこかで聞いたことあるでしょ。

1891年、来日時、滋賀県で津田三蔵巡査がロシア皇太子ニコライに刀で切りつけ負傷させた。これが大津事件。

当時の松方内閣は対ロシア外交を考慮して津田の死刑を要求したが、大審院長児玉惟謙は司法権の独立のために拒否した。

その後、双頭鷲の紋章で知られるロシア帝国ロマノフ王朝第18代皇帝ニコライ2世としてした訳です。

息子の病気を巡って、治世時に怪僧ラスプーチンを重用したのは、皇后の方ね。この人はドイツ皇帝の娘で、イギリス女王の孫娘。

ヨーロッパの家系図は奇々怪々だ。

ニコライ2世は日露戦争敗戦後、1917年の二月革命で皇位を追われてシベリアのエカテリンブルクに流された。翌1918年に、アレクサンドラ皇后 、皇女オルガ (23歳)、皇女タチアナ (21歳)、皇女 マリア (19歳)、皇女アナスタシア (17歳)、皇太子アレクセイ (14歳) と4人の従者とともにボルシェビキに処刑された 。

その当時彼は50歳。このクレムリンエッグが作られてから十数年しか経っていない。いったん埋められた遺体を隠ぺいするために、その後皇太子と女性1人の遺体は灰になるまで焼かれ、他の9人の遺体はどこかに埋めなおされ、行方不明となった。

行方不明の遺体を巡って、その後、皇女アナスタシアを名乗る女性が出たり、歴史ミステリーの宝庫になっている。

ってなわけで、単なる宝石ではありません。

まだキラキラしてます。
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